「 情報提供者に対する政府の国家らしからぬ扱いと無策 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2002年11月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 471回
北朝鮮から逃れてきた数少ない在日朝鮮人、青山健熙(けんき)氏をめぐって、烈しい綱引きが行われている。
青山健熙は仮名である。彼は日本生まれの在日朝鮮人で、祖国に憧れ、1960年に祖国建設事業のため北朝鮮に渡った。38年間、彼(か)の国で種々の工作活動に就き、海外での仕事もこなした。幅広い仕事を通じて実感されるのは、北朝鮮の貧しさと絶対制の希望のなさだ。やがて氏は当局からもその忠誠を疑われ始め、身の危険を感じて、98年に家族を連れて中国に脱出。
北京の日本大使館は青山氏から情報提供を受けるようになる。氏はもともと在日朝鮮人であったために、日本に戻りたいと訴え、入国ビザを求めた。
日本大使館は北朝鮮や中国に気を使うあまり、脱北者である青山氏の日本入国には消極的であり続けた。しびれを切らした氏は、自ら中国のパスポートを入手し、中国人になりすました。日本大使館は、すべてを承知のうえで氏に観光ビザを与えた。日本に戻った青山氏一家を成田に迎えにきたのは、外務省のスタッフである。
外務省が情報収集のために氏にいくばくかの資金を渡したことも、中国政府発行のパスポートを入手したとはいえ、偽中国人である氏にビザを出したことも、非難するつもりはない。必要な情報の収集ならば、きちんと行い、それを外交に役立てればよいのだ。
だが、外務省をはじめとする日本政府のその後の対応は、目を背けたくなる拙劣さだ。外務省は、最初の1年間は月額18万円を、2年目には10万円を氏に支払い、3年目に打ち切った。その一方で、氏の望む法的地位の変更は無視した。青山氏が言う。
「私は、中国人ということになっていますが、中国語も話せません。ですから、せめて昔の在日朝鮮人のステイタスに戻してください。日本に帰化させてくれなくても、在日の地位さえ与えてくれれば、親類もいるので、自分でやっていきます。日本国のために情報を渡したのです。守ってください」
だが、外務省も政治家も動かない。外務省は自らが法を犯して、偽中国人としての青山氏を観光ビザで入国させた。3ヵ月の滞在期間が切れる直前、外務官僚が付き添って入国管理局に行き、なんの審理もなしにビザを3年の滞在ビザに切り替えさせた。2度、この作業を繰り返したうえで、放置しているのだ。
国家が超法と呼ぼうが違法と呼ぼうが、尋常ならざる手段で情報提供者を日本に連れてきたからには、少なくともその人物の身の安全と安寧を保障するだけの措置は、責任をもって整えるべきであろう。それをまったく放棄した日本政府。一方で、捨て置かれた氏は、生活のためにテレビ局や雑誌社と情報提供や分析の契約を結び始めた。外務省はそれを理由に、氏をますます遠ざけていった。
そんな氏を、衆議院外務委員会に参考人として呼ぼうとしたのが民主党である。外務委員会で氏はどんな質問にも答えると述べている。外務省および日本政府の、国家とは呼べない、アマチュア以前の呆れるべき情報収集の手法も明らかにされると思われた。だが、事態を知った外務省が自民党に必死に働きかけ、氏の参考人招致を阻止した。代わりに、民主党が今日、20日にセッションを行う。与党政府が耳をふさいでも、氏はすべてを話すだろう。
横田めぐみさんのお母さんが拉致事件を通して、「日本は国家か」と厳しく問うた。情報提供者青山氏への処遇からも同じことを問わねばならない。氏提供の情報は核、ミサイル、軍事基地、工作員、拉致まで多岐にわたる。日本政府が国家たろうとするなら、いったん取り込んだ工作員の保護を徹底し、入手情報を北朝鮮政策や交渉に役立てるだけの知性と行動力を養うことだ。